ギーを作ってみました


少し前に、ギーを作りました。
ギーというのはバターを精製したもので、澄ましバターをインド風に言ったものです。
インド料理に欠かせないものらしく、私の大好きな京都のインドカレー屋さんのナンにもギーがたっぷり塗られています。(インド料理がけっこう高カロリーなのはギーのせいかもと思った)

作ろうと思ったのは、最近購入したレシピ本で「ギー」が頻出していたからで、その本によると野菜だけのスープもギーを入れるとコクと旨みが増して満足感のある仕上がりになるのだとか。へー。

ギーの作り方は至って簡単で、無塩バターを弱火で熱しながら浮いてきた不純物をせっせと取り除いて、最後にきれいに濾せばできあがり。ネットで見たら、不純物は浮いてくるままにして、最後に一気に濾してできあがり、というさらに手間いらずなレシピも多数ありました。完成品の写真を見たところ、仕上がりにそんなに差があるわけではなさそうなのでどちらでもいいと思います。

今回、珍しく作る工程も撮っていたので載せちゃう…!

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手袋は探さない

一昨日の夜、手袋を落としました。

え?まだ手袋つけてたの?と思われるかもしれませんが、つけていました。自転車通勤なので夜帰るときに気温が低くなって、手が冷たくなるのが嫌だからです。だけど一昨日の夜、さすがにこいでるうちに暑くなって、途中で脱いで上着の左右のポケットにそれぞれ片方ずつ突っ込んでおいたら、いつのまにか右のポケットが空になってました。あそこで落としたかも、と思い当たる場所はあったし、そこは気づいた場所からそれほど遠くなかったのですが、私はそのまままっすぐ家に帰りました。

私には昔からこういうところがあって、ものに執着というのがありません。ほしいものは我慢できないくせに、手に入れたものがなくなることには無頓着で、それがどんなに大事なものでも、どんなに間抜けな理由でそれが失われてしまったとしても、案外平気で忘れてしまって、ケロリとしているのです。それどころかむしろ、なくしたことで新しいものに出会えるチャンスを掴んだような気になって喜んでいるような節もあります。


こんな風にして30年近く生きてきたので、実際わたしの手元には長く持ってきたものというのがほとんどありません。今部屋をぐるりと見渡したところ、10年以上持ち続けているものは無印良品のペンケースくらいしかありませんでした。18歳の頃、ボールペンのインクが漏れてその時使っていたペンケースがだめになったため、近くのコンビニで買って中身を入れ替えた、なんの思い入れもないものです。その時はまさかこのペンケースを30歳になるまで使っているなんて思いもしませんでした。いくつになっても大事に持っていようと20歳の記念に買ったダイヤのピアスは、その後2年ほどしてあっさり旅行先のホテルの排水口に流れていったというのに、皮肉なものです。
でもまぁ、人生なんて往々にしてそんなものなんだろうと思います。
吟味を重ねて必死で選んだものが、いつまでもわたしの近くにあるとは限らない。むしろ、何も考えずに掴んだものが長きにわたって一緒にいることになるのかもしれません。

最近買ったうつわ

中里太亀さんの湯呑を買って、安藤雅信さんのそばちょこを買って、内田鋼一さんのぐい呑みを買いました。3兄弟。いや、ちっとも兄弟ではないんだけど。少し前には古谷宣幸さんの種子島向付(種子島の土と窯で焼いたからこの名前らしい)と大谷哲也さんのティーカップを買っています。
うつわ屋さんに勤めたら、料理する人はお腹すかない理論*1でうつわをあまりほしがらなくなるのかなぁと期待していたのですが、むしろ勢いがついた感じでだいぶ景気のいいことになってしまっています。

そういえば、この前ラジオに出てた人が貯金は年収の2倍が目安と言っていて焦りました。まじか。それはまじなのか。


太亀さんの湯呑、こっちの写真のほうが実際の色に近い

*1:この前すごいボリュームの料理を出すビストロで食事をしたんだけど、帰り際に出てきてくれたシェフがかなり細身で、本当に細身で笑ってしまった

富井貴志さんの敷板/祖母の話

最近ごはんの話を書かなくなったのは、いま祖父母と住んでいるからで*1、夜ごはんは毎日祖母が作ってくれています。
夕飯を作るのが祖母である以上、うつわも祖父母が使い慣れたものがメインとなり、私のものはほとんど食卓にはあがりません。いままでの生活を考えたら、好きなうつわでごはん食べられないのって味気ないなぁとも思うのですが、数カ月のことですし、何よりまだまだ元気な祖母が掃除・洗濯・炊事を担ってくれているのは本当にありがたいことです。(あと、なんていうか…すごく、楽…)

ただ、やっぱり少しだけでも自分の好きなうつわを使う時間がほしいなぁということで、朝食用に富井貴志さんの敷板を購入しました。縁もなにもついていないシンプルな形で、本当はトレイのように使うのが正しいのかもしれませんが、私は写真のようにトーストを直にのせて使っています。焼きたてのトーストをぽんとのせても、ノミ跡のでこぼこでパンが浮いた状態になるのと、木が蒸気を吸ってくれるのとでパンがふやけたりしないのがうれしい。おかげで朝食の時間が劇的に楽しくなりました。うつわを買う醍醐味ってこれですね。

あと、余談ですが祖母のことを少し。
うちの祖母の掃除に対する情熱はすさまじく、冗談抜きに「ちょっと目を離したスキに床が掃き清められていた」とかそんな感じで我が家はいまピッカピカです。父が私の買ったルンバを強奪する際に言い放った「おばあちゃんがいればルンバいらないだろう」の言葉は嘘じゃありませんでした。私、おばあちゃんがいればルンバいらない…!

*1:なぜ一緒に住んでいるのかというと、祖父母の家を2世帯に新築するからです


京都市動物園のペンギン。「わたしは寒いままでいいです」

3月のはじまりって、いよいよ春だねってちょっと気分がふわっとする時季だったのに、それだけじゃなくなってしまったんだなぁと、インターネットにあふれる「もうすぐ1年か」の言葉たちを見て思った。

でも、手袋を外して自転車通勤ができるようになるのが私はやっぱり待ち遠しい。窓から入ってくる春にうとうとしたり、柔らかなスカートに足を通したり、早くしたい。早くもっと暖かくならないかなぁ。

いのちの星


お母さんの手もだいぶ年取った感ある


帰り道、西に向かって自転車を漕いでいくと明るい星が視界に入ります。宵の明星。冬の夜空で最も強く輝く金星。


高橋源一郎の5歳になる息子は、輝く星を見て「いのちの星が燃えているね」と言ったのだとか。アンパンマンに出てきたセリフの引用らしいのだけど、わたしは子供にこんなこと言われたら涙ぐんで力いっぱい抱きしめてしまうかもしれません。小さい子供は、なんであんなに爛々と燃えているんでしょう。不思議。


小学生の頃、視力が落ちてきた私にお医者さんが毎晩星を数えるようにと言いました。庭先で星を探す私に、父が毎回差し出したのは双眼鏡で、双眼鏡を使って星を見たって視力はよくならないので、私は結局眼鏡を作ることになりました。
眼鏡と双眼鏡ごしに見た星は、明るさが一定のリズムで強くなったり弱くなったりしていて、小学生の私には星がどくどくと脈打っているように思えました。星にも寿命があると知ったのはその少しあと。そりゃそうだと思いました。そりゃそうだ。だって、星はあんなに力強く鼓動しながら生きているんだもの。


うちの犬は最近よく寝ます。前からよく寝るけど、もっと寝るようになりました。よく考えると、今年で8歳になるのでもう折り返しなんですね。
犬のお腹に手を当てると、すごい速さで心臓が動いているのがわかります。ぐだぐだ寝てるだけのくせに、こんなに一生懸命心臓を動かす必要があるのだろうか。だらりとソファで横になる犬を見ながら、ビデオを買おうかな、とぼんやり考えて、そんなに急がなくていいからねと心の中でつぶやきました。